大和桜

コラム

酒に訊け。

012

酒器の持ち込み。

鹿児島市住吉町の〈GOOD NEIGHBORS〉で、益子の木工作家・高山英樹さんと、笠間の陶芸家・額賀章夫さんの二人展が開催されていることを知り、すぐに行ってみた。長いこと額賀さんの器が欲しいと思っているのだが、個展があっても人気が高いため、なかなか手に入れられない。今回も会期残り僅かなタイミングだった。あまり期待し過ぎないようにと自分に言い聞かせながら会場に向かう。もちろん初日だったらもっと選択肢がたくさんあったのかもしれないし、あればあったで相当に迷っただろうから、幸いなことにプリーツワークと呼ばれるシリーズの、片口としても使えそうな小さなピッチャーが見つかったことだけで充分に満足だった。
 ところでぼくは、常々「家でコーヒーと酒は飲まない」と公言している。このふたつは自分にとって外出の理由だから、家でそれが飲めるならば外に出る頻度が下がることになる。原稿などを書く仕事が多いので、事務所でも家でもたいがいはデスクに張り付いている。立ち上がって歩き、外の空気を吸うことは、アイディアに行き詰まった頭には絶対に必要な気晴らしである。だからコーヒーを淹れる道具はひとつも持っていないし、事務所のコーヒーすら飲まない。同じように酒も。と言いたいところだが、酒には例外があって、大晦日から正月三ヶ日にかけてだけは家で飲むのだ。だから家にある酒器はその時のためのもののはずだが、それにしては数が多すぎる。それほど出番のないお銚子や杯やぐい呑や片口などが、器としていちばん好きなのだとしか思えない。
 手に入れたばかりのこの額賀さんの片口の出番は、いったいいつになるのだろう。なにしろ片口ならば唐津〈隆太窯〉の中里隆さんのものや、種子島の野口悦士さんのものをいくつか持っているし、いつかこれで酒を飲もうと考えている、そば猪口くらいの大きさの布志名〈舩木窯〉の舩木伸児さんのフリーカップも、かなりの数になってきた。酒器の出番が増えることはないのだから、これは明らかに供給過剰な状態である。なのに、好きなものが見つかると買わずにはいられない。
 ときどき笊や盆に杯やぐい呑をたくさんのせて、「どうぞお好きなものを」と選ばせてくれる思わせぶりな居酒屋があるが、残念ながらそういうところで本当に好きなものが見つかったためしはない。おもむろにバッグから「これを使ってもいいですか?」と自分の気に入ったものを取り出す人はいないだろうが、それが出来たるのだったらすごく嬉しいんだけどなと、いつも心の中でため息をついている。
(2018年8月24日)

岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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