大和桜

コラム

酒に訊け。

027

返上の夏。

 これまでぼくは、とかくビールの悪口を言ってきたように思う。いや、言ってきたとハッキリ書くべきだ。でも、そのことについて心から詫びるべき時がついに来た。

 誰かに紹介されて、”ちゃんよう” とはずいぶん前に知り合っていた。ちゃんようというのは、川村洋平くんのことだ。彼はファントム・ブリュワーである。それも会ってすぐくらいに教えてもらっているはずだが、まったく聞き流していたから、ファントム・ブリュワーが何であるかも最近まで知らなかった。自分の醸造所を持たずに、施設を貸してくれるところで、自分のレシピでビールを醸造する人たちのことらしい。顔は知っているし、彼の醸造したというビールを飲むイベントには顔を出していたのだけれど、そういうことだったのかと思い至るきっかけは香川県の高松市だった。

 今年の4月のことである。用事があって屋島に行った時に、友人が近くで川村くんがビールを造っていますと教えてくれた。時間もあったので連れていってもらった。残念ながらちゃんようには会えなかったのだが、北海道でビールを造っているとばかり思っていた彼が、どうして高松の屋島にいるのだろうと不思議だった。それでようやくファントム・ブリュワーとは何のことなのかとか、彼が自分のブランドを「ホーボー・ブリューイング」と名付けていることの意味をようやく理解できた。その直後に、東京の行きつけの店で、たまたまちゃんようの醸造したビールを見つけ、しばらくそればかり頼んでいた。それは「PomPom Steam」という名前だったが、そもそも細野晴臣の「Pom Pom 蒸気」を思わせるし、缶の裏側に書かれたちゃんようのステートメントがなかなか小気味よい疾走感があり、よくわからないけれど面白い。

 それからしばらくして、ランドスケープ・プロダクツがちゃんようにオリジナルのビール醸造をオーダーした。ネーミングはぼくが言ったらしいのだが、実ははっきりと記憶していないから、半ば冗談めいた閃きだったのだろう。「ビア、グッドネイバー」という名前だ。NEW WEST COAST IPAだそうだ。ちなみにぼくはIPAが何たるかも知らないままであるが、苦味が濃いのにシトラスフレーバーもあるので、すごく気に入ってしまい、見つけるたびに飲んでいる。鹿児島にあるいつもワインを飲みにいく店でも飲めるようになったので、ワインの前に「とりあえずビール」と、注文の言葉が口をついて出てくる始末だ。ぼくのいちばん嫌いなオーダーの仕方なのに。

(2022年8月22日)

↓次回から不定期連載となります。ご了承ください。

 

岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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