大和桜

コラム

酒に訊け。

025

コーヒーと焼酎。

 21日発売の『BRUTUS』コーヒー特集の取材で、焙煎家のオオヤミノルさんと一緒に久留米と熊本、そして盛岡を旅した。それぞれの町で、コーヒーを生業にしている人や料理家の方と対談をしてもらったのだが、行く先々でオオヤさんが「いま、いちばん気になるのは蒸留酒」という話をする。対談が終わって晩ごはんの時間になっても、その話は続き、行った店に置いてあればグラッパなどを飲む。オオヤさんによればコーヒーと蒸留酒は似ているのだそうだ。

 オオヤさんには独特の言い回しというのがあって、ぼくはそれを勝手にオオヤ語と読んでいる。今回の旅で頻出したオオヤ語は「コーヒーは殺すもの」というフレーズだった。コーヒーが美味しいのは、よく死んでいるからだという。つまり農産物であるコーヒーの実の、種以外の部分を捨ててカラカラに乾燥させたものがコーヒー豆で、それに長さは別にしても200度の熱を当てるのだから「もうその時点でめちゃめちゃ死んでるやん」と。

 その旅が終わってから、オオヤさんが焼酎の蒸留過程を見てみたいと言った。その時まで、ぼくは焼酎づくりに蒸留という過程があることさえ忘れていたのだが、それならば前に蔵を見学させてくれた「大和桜酒造」のテッカンにお願いするのがいいだろうと、連絡を撮った。彼が快諾してくれたので、鹿児島にやって来たオオヤさんと一緒にいちき串木野に向かった。

 それまでのコーヒー対談もそうだったけれど、オオヤさんは興味ある対象を前にすると、いきなり全開で質問を相手に浴びせかける。記録係りのぼくの準備が整うまで待ってくれるというような気遣いは一切ない。焼酎に関しては取材ではなかったから、いつものようにオオヤさんとテッカンの会話が高速で展開し始めても、ぼくは特にメモを取ったりもせずに隣で聴いているだけだった。あとで、やっぱり記録すべきだったと猛反省する結果となった。

 焼酎の味を決めるポイントとして、蒸留というプロセスが重要な役割を果たす可能性はあるのかというのがオオヤさんの疑問であり、そこは焼酎の将来にとってすごく有望なところだと思うというのがテッカンの回答だったから、意気投合して話はさらにヒートアップするし複雑になっていく。とにかく二人ともすごく嬉しそうに話している。その様子から、こちらまで楽しくなるのだが、コーヒーにしても焼酎にしても、ただ飲むだけ、「美味しい」くらいの表現しかできないぼくにとって、理想の味を追求し、さらにそれを言語化できるつくり手同士の会話の充実ぶりは、「興味深い」という曖昧な表現で誤魔化すしかない。いつか近いうちにこの二人の対話を、もちろん記録することを前提に、あらためてなんらかの形でセッティングしたいと考えている。ちなみに、その日の夜、テッカンと別れたぼくらはワインを飲みに行った(え? 醸造酒なの?)。

2020129日)

岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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