大和桜

コラム

酒に訊け。

021

タコスは別腹。

 チェンマイ料理に合わせる酒について書いた時に、ぼくはビール党にはたいへん申し訳ないことをしてしまったが、「あれは学生気分がいつまでも抜けない人間が飲むもの」と憎まれ口をたたいた。前に渋谷の書店が開催したイベントで「酒と文学」というテーマで話した時も、村上春樹とビールは学生のうちに卒業すべしというようなことを言った記憶がある。
 ぼくは自然派のワインが好きなのだけれど、「まずは泡にしますか?」と微発泡のものを薦められるのはぜんぜん嬉しくない。とすると、ぼくが敬遠しているのはビールそのものではなくて泡なのだろうか
 いつの間にか鹿児島市の中央公園近くにタケリアができていた。勝手にぼくがタケリアと呼んでいるだけで、店の名前ではない。店の名前は〈la fonda EL PURP〉。タケリアとは、タコスを中心にしたメキシコの軽食を提供する店のことだ。通りには面しているけれど、入口はちょっと奥まっていて、きっとガラス扉までのスペースは以前は駐車用だったのだろう。そのスペースの天井に紐が張られ、小さな三角形の旗がたくさん風に揺れている。旗の色使いや切り抜きの模様などで、そこがメキシコに関連する場所なのだとすぐに気づいた。
 昼過ぎから夜まで中休みなしでやっている。「常に小腹を空かせておけ」が座右の銘であるぼくにとって、まるで天国みたいな場所じゃないか。タコスはふたまわり大きな餃子くらいのサイズ。それが2個で1皿。軽く済ませられそうな量も申し分ない。鶏肉、豚肉、チョリソ=ソーセージ、エビの4種類がある。チョリソを注文して、テカテを飲みながら出来上がりを待った。
 待てよ。ぼくは何の迷いもなくテカテを頼んだ。瓶の口に差し込まれたライムを指で中に押し込んで、ごくごく飲み、ふうっと満足気に息をついた。でも、テカテはバハ・カリフォルニア産のビールである。これまで、ビールにはあれだけ不義理ばかりしているのに、タコスを食べるのならビールしか考えられないなどと、いまさらどの口が言えるのだろうか。自然派ワインはどんな料理にも合うと考えているし、ワインを飲みながらタコスを食べられる店があることも知っている。でもぼくは、このタケリアのメニューにワインがなかったからビールにしたのではなく、ビールが飲みたかったから選んだ。なんたる自己矛盾。なんたる朝令暮改。
 そういえば、普段は断固として飲まないものを選んでしまう料理がもうひとつあった。チェンマイの「カオソーイ」というカレー麺だ。カオソーイを食べる時、ぼくは必ずコーラを頼む。ことあるごとに人に話すのだが、チェンマイとオアハカ(ぼくが唯一行ったことのあるメキシコの街)は色彩感覚や工芸のセンスなど、似たところがたくさんある。タコスとビール(いま思い出したけれど、メキシコ産の瓶入りコカコーラも合うんだよな)、カオソーイとコーラ。今後、そこに在る共通性について、掘り下げて考えてみる価値は大いにあると思っている。
(2019年6月16日)
岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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