大和桜

コラム

酒に訊け。

023

酒と味噌と醤油。

 一年のうちに複数回、鹿児島に来るようになってからもう12年くらい経っているのだが、いまだに慣れないのは味噌と醤油の味だ。ぼくは北海道出身だから、鹿児島の味噌と醤油はものすごく甘く感じてしまう。二度目か三度目に鹿児島に来た時に、友人にひとりで飲めるいいところないかと尋ねて、天文館の立ち飲みの店を教えてもらった(ちなみにこの店はいまはもうない)。友人が言うには「しめ鯖が最高」なのだそうだ。だから推薦の言葉に従い、まずはしめ鯖を頼んだ。運ばれてきたそれは、見るからに旨そうなものだった。ところが小皿の醤油につけて食べてみたら、すごく甘いのだ。ぼくにはこの甘みがしめ鯖に合っているとはまるで思えなかった。だからふた切れ目からは醤油をつけずに食べた。
 そのうち、懇意になる店が何軒かできて、味噌や醤油の話をするようになると、味噌は無理だけど醤油なら関東ふうのものもありますよと言って、食卓容器入りのキッコーマンを出してくれるようになった。懇意でなくとも、「辛口」と頼めばキッコーマンを用意しているところがあることも知った。鹿児島で新鮮な刺身を繰り返し食べていると、赤身や青味の魚は無理だけれど、白身の魚は鹿児島の甘い醤油のほうが合うのかもしれないと考えるようになり、ときどき試してみたりする。ただ、醤油は手元で替えがきくけれど、味噌はそれが難しい。
 夏になるとにがごりを食べる。いつもならチャンプルーにするのだが、その日の黒板に「ゴーヤとナスの味噌炒め」というのがあったから頼んでみた。もちろん甘かった。ところがその甘さが、飲んでいる焼酎の水割りにとてもよく合っていることに気がついた。焼酎がお湯割りではなく水割りだったからかもしれないけれど、逆に関東や東北の味噌で炒めたものだったら、こんなに素敵な組み合わせだと思わなかったかもしれない。
 阿佐ヶ谷に好きな居酒屋があって、そこの若い主人は東北の出身だから、彼のつくる料理の味はすごくぼくにフィットする。置いてあったかどうかもわからないほど、その店では焼酎を飲もうという気にはならず、日本酒の燗を頼む。鹿児島に滞在している間、日本酒を飲もうという気にならないのは味噌と醤油の味のせいだ。その土地の酒は、その土地の基本的な調味料と相性が良い。卵と鶏じゃないけれど、どちらが先かはわからないが、そこには分かち難い関係があるのだろう。
 風土ということを考えながら、ゴーヤとナスの味噌炒めをアテに飲む焼酎の水割りは最高だった。もうひとつ気づいたのは、鹿児島に来るようになって焼酎のお湯割りに目醒め、以来、焼酎は湯で割って飲むものと信じてきたが、水で割るほうが、それぞれの蔵の特徴的な味が際立ってくるのじゃないかということだ。今年は夏が過ぎ去ってからも、焼酎を水で割って飲むかもしれない。
(2019年8月31日)
岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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