大和桜

コラム

酒に訊け。

014

汁物で飲む。

 数日前、鹿児島の行きつけの店で焼酎のお湯割りを頼んだら、お通し(突き出し)として舞茸のスープが出てきた。おすましではなく、すりながしのようにどろりとしていて味付けはポタージュのようだった。これがとても美味しい。おそらく日本酒を頼んだとしても、ワインを頼んだとしても、とりあえず生ビールだったとしても、出てくるお通しは同じスープのはずである。各自が好きな飲み物を頼んだ他の客も、たぶん同じように「汁物を肴に飲むのは悪くない」と思っただろう。いや、もし自分が生ビールを頼んだ時に(頼むわけはないが)そう感じるかどうかだけは留保しておくことにするけれど、とにかく汁物と酒はとてもよく合う。
 その数日前には、東京・阿佐ヶ谷のお気に入りの店で日本酒を頼んだ。出てきたお通しは白身魚のアラを使った粕汁。青森出身のご主人がつくる粕汁は、北海道出身のぼくにとっては馴染みある味付けで、本来の「お通し」の意味を考えればお代わりすることは不躾だろうが、そんな常識もどこかに吹き飛んでしまいそうだった。
 いままで酒場で出てきたお通しで、いちばん驚いたのはカレーだった。さすがにカレーライスではなく、ルーのみである。場所は新潟の居酒屋。まかないにつくったカレーの余りなのかなと訝しみながら、カレールーを舐めてはぬる燗の地酒をちびちびと飲む。これが思いの外、合うので驚いた。次の日の夜に、若い夫婦がやっている小料理屋に行った。「新潟で何か美味しいものを食べましたか?」と訊かれたので、前夜の居酒屋のお通しの話をしたら、それはいい店だと言う。壁の品書きを見ると、そこにカレーもあった。ただし、それは〆のご飯ものと同じ扱いになっている。「本当はうちもルーだけで出してたんですけどね、お客さんにご飯はないのと言われちゃうんで」と、ご主人が苦笑いした。カレーのルーは燗酒に合うと、彼も信じているようだった。
「カレーは飲み物」と誰が言い始めたのかは知らないが、その言葉に従えばカレーもまた汁であって、汁物は酒に合うというぼくの説を証明する実例のひとつに加えても大丈夫に違いない。
(2018年10月24日)

岡本 仁

岡本 仁

オカモトヒトシ/編集者。1954年、北海道生まれ。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ。雑誌『暮しの手帖』や『& Premium』にてエッセイ連載中。

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